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2017年2月 9日 (木)

重力の虹 / トマス・ピンチョン

ピンチョンの代表作 。新訳を漸く読み終えました。とりあえず。
余りに長大、あまりに複雑、あまりに多い登場人物、錯綜したエピソード。
とても把握しきれない、というのが正直な感想です。
国書刊行会版で昔々2~3回読んではいたのですがそのときは殆どついていけずはてなマークが飛び交う状態でした。
さて今回の新訳で一番助かったのは下段に脚注が付いていたことと巻末に索引があり、登場したページが検索できる点です。人によっては大きなお世話と感じる人もいるかもしれませんが僕は大変助かりました。
訳者によれば2回読めば理解できることを目指したそうですが、僕はもう少し時間がかかりそうです。
何せ読むのにかなりエネルギーがいるので、いつ再読できるかわかりませんが、まだ何回か読みたいと思ってます

2017年2月 5日 (日)

天のろくろ / アーシュラ K ル グイン

実家に残っていた未読本発掘シリーズ。79年発行になっているので36,7年前に購入したことになる。積読にもほどがあるなあ。
久しぶりにSFを読んだって感じです。グインは当時「闇の左手」っていう作品で有名だった記憶がありますが最近(?)ではやはりゲド戦記でしょうね。どちらも未読ですが。というより本作が初グインなんですけどね。
時代設定ははっきりしないけど登場人物の精神科医が62年生まれとありますので、丁度今ぐらいかなあ。
オーウェルの1984などと同様SFの近未来が現実の時間に追い越されたって感じです。
主人公は夢に見た内容が現実化されるという能力があり、一旦変更されてしまったら、他の人は過去に遡ってその変更された現実の記憶しかなくなってしまうことになります。従って誰も何の不信もなく主人公のやったことにも全く気づかず生活することになります。逆に言えば主人公がいくら俺には現実を変える能力があると言ったところで誰からも信じてもらえないことになります。また夢の内容がどのように現実世界に影響を与えるかはコントロール出来ないためいろいろ不都合なことが起こることもあります。
話はこの事実に気がついた精神科医がこの能力を使って現実が抱える問題を解決しようとするというものです。1980年頃の人口の急激な増加による食料問題、温暖化、各地で起こっていた紛争などを解決しようとするわけです。結果どうなったかは何と無く想像できると思いますがこういう小説ってどうやって終わるのか大変難しいと思います。 ちょっと違った方向にひねって終わらせたって印象です。いかにもSF的というか…。とりあえず最後まで楽しめました。

2017年1月 3日 (火)

ルビコン・ビーチ / スティーブ・エリクソン

正月休みで暇なので読書が若干進みました。エリクソンのルビコンビーチが文庫で再発されていたので再読してみました。もともとこの小説をピンチョンがえらく褒めてると聞いて読んだのがエリクソンを読み始めたきっかけなので20数年ぶり(になるのかな)の再読ということになります。

でも例のごとくほぼ何も覚えていませんでした。残ってたのは印象だけだったんですが、その印象も今回読んでなんとなくかわりましたね。どう変わったかはちょっと説明しにくいです。

「Xのアーチ」とずいぶん呼応する部分があってそのあたりが面白かったです。エリクソンの小説の面白さは物語の整合感がふつうの小説と違った質を持っているというかなんというか。はっきりいって合理性がなく、つじつま合わせもなく、にもかかわらず物語が成立しているという不思議な世界とでもいうか。ちょっと安部公房の「密会」とか「カンガルーノー^ト」あたりの夢の論理性みたいな話の繋がり方を思い出します。

・・・そういえば安部公房全集、まだ全然読んでないなあ。死ぬまでに読めるんだろうか。

2016年12月 1日 (木)

偉業 / ウラジーミル・ナボコフ

光文社から3冊目のナボコフ。なかなか厄介な小説でした。表面的にはいわゆる自伝的青春小説といった感じなんですが、読んでいてもなんだかよくわからない不整合性というかストーリーを進めるうえで必要な主人公の動機づけのようなものがどうも希薄で、話がふわふわどっちへ飛んでいくのかよくわからないような変な感じがずっと付きまといました。それと同じような情景、シチュエーション、言動が繰り返され、なにか結びつくのかと思ったら特にそういうことでもないというような妙な読書感がありました。

訳者の解説によればそのあたりにナボコフのたくらみがあり、そう言われればそういうことかと納得されるのですが、読んでる間には、その納得感がなく、戸惑いが強いといった感じでした。もう一回読まないといかんかなあ。

この小説の前に「ナボコフの塊」という妙なタイトルのエッセイ集も読んだのですが、こちらのほうは少々マニアックでよほどのファンでない限り面白いかどうか疑問です。僕はそれなりに面白かったですが。

2016年10月 8日 (土)

ダンシングヴァニティ / 筒井康隆

久々に筒井作品を読みました。最近はとんとご無沙汰で気にはなってるけど読んでないという感じです。モナドとか豪華な装丁の筒井選集とか「おお!」と思いながらも買わず。今回も図書館で借りたので正直よい読者とはいえません。

筒井康隆さんの作品は常にいろいろ実験的なことが行われていますが今回もなかなか面白かったです。美術評論家である「おれ」の半生を描いた内容ですが、同じエピソードが少しずつ変化しつつ3回繰り返されて、それがらせん状に次のエピソードにつながるような構成になっています。ちょっとロブグリエを思い出してしまいました。そのエピソードも当然筒井節満載でちょっとありえないようなことが平気で起こります。

でもこれらはなにを意味してるのかな?現実というのはすべてその人の頭の中の出来事、反対に言うと頭の中で起こることはすべて現実ということなのでしょうか?それとも臨終の際に観る回想を文章化したということでしょうか?3回という回数には何か意味があるのかなあ。ずっと白いふくろうってのが出てきたり、後半歳を取ってきてからは何か行動しようとすると足を引っ張るタコがでてきたり、もっと年を取ると出てこなくなったり。心理学的戯画化(って言葉はないか)のような表現がいろいろ出てきます。

もうちょっと勉強してればいろいろ疑問が解けたかもしれないですね。

2016年8月12日 (金)

A Prayer for Owen Meany / John Irving

アーヴィングの小説は「ガープの世界」、「ホテルニューハンプシャー」を読んだことがあるはずですが、その後ほぼご無沙汰状態でした。数ある作品の中でオーウェンを選んだのはアマゾンで安売りしてたからで特に理由はなかったんですが、なかなか面白かったです。

かなり宗教的な匂いが強いですが、まあ大した予備知識がなくても大丈夫でした。宗教的奇跡と運命論みたいなものが主軸にあって、その中で少年の成長物語的なものが展開されていきます。

ところどころ現れる伏線が最後の一瞬に見事に集約されるところがすばらしく、非常にうまい作家だなあと思いました。

ガープもニューハンプシャーも映画化されていますが、この小説も映像化すれば面白そうな感じです。長いけど。

2016年7月18日 (月)

失われた足跡 / カルペンティエール

岩波文庫から出てたのをかったまま放置してました。最初の数ページで上手く小説世界には入れず挫折してたのですが、この間ふと読む気になって再度チャレンジしたところ最後まで面白く読めました。
仕事にも家庭にも行き詰まりを感じていた商業音楽家があるきっかけで現在では失われた楽器を収集するためにジャングルの奥地への旅 に出るという話。書かれたのは1950年頃のようで西欧文明批判的な内容になっています。しかしそのジャングルの描写が中々すごい。読んでると体がジメジメしてきそうなほど鬱蒼とした森林の描写が続きます。とても人が住める環境とは思えない場所ですが主人公はそこに住む決意をし、文明社会に背を向けます。
しかしその環境が逆に音楽への創作意欲を掻き立て結局一旦元の世界に戻ってしまうというような話です。
カルペンティエールはマジックリアリズムの創始者の一人と言われているそうでその後の南米作家に大きな影響を与えたようです。南米作家は総じて政治的な匂いの強い人が多く、この人も政治的活動に熱心だったようですが今作品自体は政治的に無知であっても特に問題なく読めます。
この間から読む小説が何らかの形で音楽がらみなんですが何でかな。

2016年5月 1日 (日)

きみを夢みて / スティーブ・エリクソン

なんか最近来日されていたようですね。ゼロヴィルって本も翻訳が出たし。

このところ作品を書いていない作家と妻、男の子と養子であるエチオピア人の4歳の女の子という一家の話です。

最初読み始めるとエリクソンらしい幻想味がないなあ、少し年を取るとやはり家族や子供の話が書きたくなるのかなあという感じでちょっと戸惑いました。

だけど途中で、かなり唐突にロバートケネディの暗殺前後の話が入ってきて、また作家が構想中の小説世界が混ざりこんで、いよいよエリクソンらしい展開となってきます。

現在の家族の話、ケネディの話、構想中の小説という3つストーリーの中にあらわれる色んなエピソードが、それぞれの枠を超えて別のストーリーの中に侵入してくる感じがなかなか面白いです。複雑でついていくのが結構大変ですけど。

全体にアメリカが抱える様々な社会問題、期待外れでがっかり感満載の政治状況、解決のない閉塞感といったものが描かれ、かなり政治的発言も多いので、そのあたりは日本人として読むのとアメリカ人が読むのとではちょっと感じ方が違うかもしれません。

実名はほとんど出てこないですがケネディ、オバマ、ジョイスのユリシーズへの言及、それに薬物でへろへろになってベルリンに行くデヴィッドボウイなどが登場します。ボウイについては突然の他界でショックを受けていたところだったので、小説中随所で流れるヒーローズが悲しくて仕方ありませんでした。

この前読んだパワーズの小説はクラシックでしたが、こちらはポップミュージックが小説内を流れています。そのこともあってか、かなり陰鬱な内容ながら暗くなり過ぎないところが救われます。最後はかなりポジティブな感じで終わってますし。

2016年4月 3日 (日)

オルフェオ / リチャード・パワーズ

パワーズは「舞踏会へ向かう三人の農夫」「ガラティア2.2」の2作品を遠い昔に読んで以来の作家です。当時は両作品とも面白さがよくわからなかったのですが、このところやたらと翻訳が出版されていることと音楽がらみの作品だったこと、翻訳者が木原氏であることなどに惹かれて読んでみました。

現在70代の前衛音楽家が主人公ですが、生涯ほとんど聞く人のいないような作品ばかりを作ってきた作家がバイオテロリストの嫌疑を受け、逃亡を続ける中でこれまでの人生や20世紀の音楽家のエピソードなどが語られるというような内容です。

つまり現在70代の主人公のストーリー、その生涯、前衛音楽史の3つの物語が順次語られていく形を取っています。クラシックには詳しくないので出てくるエピソードのどこまでが史実なのかよくわかりませんでしたが特にメシアンの話は印象的でした。有名な話のようですけど。気になって取り上げられている曲をダウンロードしてしまいました。

主人公がバイオテロと疑われた原因は、細菌のDNAを操作することで、そのDNAに曲を記録するというようなアイデアを実行しようとしていたためなんですが、ここのところがなかなか分かりにくかったです。遺伝子操作によってオリジナルのDNA配列を作ることと、音の配列の組み合わせにより人間の感情に訴えるパターンを生み出す作曲という作業の類似性にのめり込んだということですかね。

本文中にいろいろな曲が出てくるのですが、それを文章化して読ませるところがこの小説のひとつの見せ場でしょうか。

この小説の時代設定は現在なのですが、なぜかピンチョン、ヴォネガットなどのもう少し前の世代の作家の作品の方に同時代性を感じるのはなぜかなあ。自分が昭和世代だからか?なんか不思議です。

2016年3月21日 (月)

記憶よ語れ/ ナボコフ

以前読んだナボコフの自伝ですが、今回新訳かつ、一章プラスされての出版ということで再読しました。

以前も思ったことですが、自伝と言いながら一種の連作短編のように読ませるところがナボコフらしいところです。実際いくつかの章は短編として発表されていたようですし。

特に今回付け加えられた16章のおかげでより小説感が強くなったように思います。この章は批評家が書いた「記憶よ語れ」の評論という体裁を取っており、実にナボコフっぽいやり口になっています。ただし、ナボコフ自身は結局この章を加えた形では一度も発表していないそうですので、いわゆるボツ原稿ということでしょうか。

そういうものも死後発掘されて人目にさらされるというのは、本人にとってどうかとも思いますが読む側としては嬉しい限りです。

今回の新訳ではそのほかに序文が変わっていること、資料的写真とそれについての本人のコメントが収録されていることといったあたりが目新しいところです。

訳者のあとがき等に示されたナボコフが隠した仕掛についてはほぼ気が付かず、だめな読者だなあと再認識しました。

ついでながらカバーのデザインも面白かったですね。レタリングがちょうど記憶の欠落を示すように欠けているような感じになってます。

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